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2012年7月22日

417. まつこ

久しぶりにコメントします。皆さんのレスを見て勝手に親近感を覚えております。 
私にとって仕事をすることは、保育園の入園のためでもあり、子どもから離れてただの人になれる貴重な時間でもあります。
預け先すらないというのであればかなりストレスでしょう。

うちは自己免疫性の脳炎で、発症からしばらくしてもしばらく入退院を繰り返しました。
発症して1年半以上たちますが、昨年12月から今年の4月末くらいまで入退院をしながら治療したため、その間は仕事も一度辞めました。専業主婦でいると、考えることが、今日のメニューと子どものことばっかりでどうにもこうにもブルーになってしまいました。
今はパートですが、正直金銭的な面というよりも、仕事をしている間は余計なことを考えなくても言いというメリットのほうが大きいです。311の震災後もにたような状況でで乗り切っていました。

子どもが入院中は、子どもの寝ている隙に読書をしまくっていました。これも病気から気持ちが離れるため。東野圭吾にはまっていました。

仕事の関係で、ある流派の保育の指導者の方の助言を聞くことができました。対象は私ではなく、その場にいた現場の保育者や健常の子どもだったのですが。

「発達の遅れや障害があるからって療育などの訓練を躍起になってする必要は無い。やりすぎは必ず後におおきな子どもの爆発になる。できない自分を大人に受け止めてもらえない子どものストレスを考えてごらん。私たちは療育や言葉の教室に対しては否定的なんだよね。訓練というものではなく毎日の遊びの中で自然に取り入れるべき。子どもは大人と違って毎日全力で生きてる。頑張らない子どもはいない。だからおとなは頑張れって言わないの。いい子だね。って認めてあげるの。訓練は確かに機能が速く身につくけど、それをしなくてもその子は必ずできる日が来る。重要なのはスピードじゃないの。」と
私の心には、ぐっさりと、ずっしりと響きました。

児童精神科の医師の佐々木正美さんも似たようなことを雑誌に掲載していました。
習い事で得られるわかりやすい自信もいいけど、できなくても自分は自分で良いという根拠のない自信が幼児期には必要だと。

後天性の障害だとどうしても以前はできたとか、
病気になってなかったらできたはずなのに・・・
って気持ちが捨てきれないで困るんですけどね。

長文失礼しました。

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